2008年4月27日日曜日

目の保養

昨日は千駄木にある旧安田亭を見に行ってきました。この建物は「豊島園」をつくった実業家・藤田好三郎氏によって建築された邸宅。数奇屋と書院を取り入れつつも、応接室はマントルピースをもつ洋室。
大正7年(1918)に立てられ、関東大震災と第二次世界大戦をくぐりぬけ、ガラスや建具など当時のままが残っているのは稀な例だろう。

二階の和室に使われているのは栂(つが)の四方柾。関西風といったところ。
ガイドさんの話が意外と長かったので、窓際で一休み。


2008年4月26日土曜日

団子坂三忠最強

洋風牛スジ煮込み。
文句なし。
この界隈で、和食から洋食まで幅広くおいしく食べられるのはやっぱここしかない。
今日たべたのは、新たまねぎのチーズ焼きと、たこのみ焼きと、うに・まぐろ・いくらのミニ三色丼、ラーメンサラダに明石焼き。
お酒はまだ飲めないから、ウーロン茶で我慢。

スカッとさわやかに

目ざめがすごくいい。
ステロイドの影響なのか、普通逆なんだけど夜ぐっすり眠れて、朝早く目が覚める。
今日は天気もいいし、体力さえあれば遠出したい気分。
なんかもやもやしてたものが吹き飛んだような朝。
気持ちいい。



2008年4月25日金曜日

ぼー

どうも立ったり座ったりすると、ふらふらする。
髄注のせいか?それとも血糖が低いか?ステロイドが入ってるからそれはないと思うんだけど・・・。
やはり、髄注した後30分の安静で動いてしまったのが原因か?
まー、直に落ち着くとは思うけど左手にあまり力が入らない。
うーん、わからん。
それはさておき、明日は甥っ子の誕生日。
あっという間に小学校3年生か・・・。ということは9才か?
早いねー、時間の経過ってやつは。
今でもよく覚えてる。姉貴の初出産。家族が増える瞬間ってのは、何なんだろうね?本能的にうれしいんだろうね。自分のことのように、そわそわして、何度も病院を行ったり来たりしてたような気がする。
そして、サルだった甥っ子も今や、言葉を理解し、火を使い、お小遣いをせびる。2年後に生まれた姪っ子もすくすく育って、毒舌な女王さまになりつつある。それに、3人目まで生まれてしまったというではないか!

この子達が大きく成長してしまう前に、少しでも早く退院して体調を戻して頼もしいおじざまとして記憶に残してほしいと思う。
とりあえず、お誕生日おめでとう。峻大。
モモコとリコはまた今度。

土日外泊決定

若干貧血気味ですが、土日外泊の許可が下りました。
やったー!
さー、何食べに行こうかな?
寿司?鰻?三忠ランチでもいいし、お好み焼きでもいいな?

2008年4月24日木曜日

治療4日目

採血の結果はとても良好。週末は外泊できるかも。
少しの間でもいいから病院からはなれていたい。
はー、早く帰りたい。

2008年4月22日火曜日

訪問者

3時ころサイカさんが見舞いによってくれた。
その5分後くらいだったと思う。広島のツレで、現在稲城とかいう僻地(かどうかはわからんけど)に作られた介護センターに出張中の健太郎が顔を見せてくれた。
二人はタバコをすー人だから、1階外にある喫煙所にあるテーブルを囲んであーだこーだ話すことにした。僕は今のところ禁煙に成功してる。
僕と健太郎が広島弁でしゃべってると、やはり他県のひとが聞くと言い争いをしているように聞こえるらしい。そんなことをサイカ嬢は僕らに言った。
健太郎の職場は僕らの地元よりも田舎だとか、サイカさんの地元は巨大なパチンコ店だらけだとか西と北の田舎話をしてるうちに、サイカさんは電車の時間だからと病院をあとにした。

そのあと、健太郎からいまの仕事について、介護福祉の現況だとか、今後の展望だとかを聞いてるうちに、(あー、俺の周りの時間は動いてるんだな)と実感した。
結局、6時くらいまでしゃべって健太郎もまた僻地(じゃなかったらごめんなさい)へと帰っていった。
そのあとは部屋に戻り、読みかけていた伊坂幸太郎の『アヒルと鴨のコインロッカー』をよみきった。
なぜかこの人の本を買ってくると、すぐに読まないでしばらくの間押入れの奥で軽く熟成されて突然思い出したかのように引っ張り出してきて一気に読んでしまう。
読み終えた感想は、いつも感じることだけどミステリー映画を一本レンタルしてきて、さくっと見たような。最初はなんか意味がよくわからんけど、だんだんとその疑問のパズルがそろってきて最後にぴたっとはまる。軽い爽快感。一日で読み終わるし。そんな感じ。